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エジプト旅行記 2 ルクソール

カイロからルクソールに来ると誰でも思うけれど、都会とは違って時間もゆっくり流れる落ち着いた場所です。ここでテロがあったのが信じられません。ただ観光客にしつこくしてくる人も多く、ホテルから一歩外に出ると、タクシーにのるか、馬車にのるかとよってきますが、現在エジプトはきわめて安全な町なので、"ラーシュクラン"(No thank you)と安心して言って下さい。

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古代エジプトはナイル川をはさみ東側には神殿、西側には墓が建てられています。太陽は東から昇り西に沈むため、生命に関するものは東側、死者に関するものは西側に建てたそうで、ルクソールの東岸はカルナック神殿ルクソール神殿があり、西岸には王家の谷などのお墓があります。ルクソールはテーベと呼ばれ、歴代のファラオが永眠に選んだのは壮大な岩山に隠れた渓谷で、王家の谷と呼ばれているところです。

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中はカメラ禁止だったので、写真はないですが、とても美しいところでした。岩肌は太陽でピンク色に輝いて、空は青く、ここで永眠したい気持ちはとてもわかります。すべての墓は未完だそうで、ギリシャ語の落書きがほとんどの墓に書かれているそうです。紀元前でも落書きは人間の本能なのかなと情けなくなります。そして財宝が見つかった墓はツタンカーメンしかないそうで、後は全て墓泥棒に持ってかれた後だそうです。でも泥棒たちはお墓を破壊して行ったわけじゃないのが、せめてもの幸いです。王家の谷から歩いても30分ぐらいのところにあるハトシェプストの葬祭殿があります。かなりの修復工事の結果、今のように美しく壮大な様になっています。

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エジプトの女性で葬祭殿があるのは、ハトシェプストとネフェルタリの2人のみですが、ネフェルタリはあくまでラムセス2世の妻としてですが、ハトシェプストはファラオとしてです。彼女は付け髭をつけ、男装した女王でした。ハトシェプストはトトメス2世の死後、継子のトトメス3世がファラオとなったけれど、幼少だったので、彼女が摂政となり、実質ファラオとして、20年間国を治めました。(写真は男装したハトシェプストの像)

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彼女の死後トトメス3世が王権を回復したけれど、長年積年の怒りと恨みを晴らすため、女王の名前や肖像を削りとって、自分の名前を記させたそうです。トトメス3世はエジプトのナポレオンと言われて、エジプトの栄華を極めたそうです。

学者によると聖書の出エジプト記が書かれたのはB.C.1445頃とのことで、トトメス3世が王権回復したのがB.C.1458以降のことなので、ユダヤ人を迫害したけどモーゼを自分の子供として育てたファラオはトトメス3世で、モーゼを川から拾って実質面倒みたのはハトシェプストで、モーゼとひともんちゃくやりあったファラオはトトメス3世の子供アメンホテプ2世という説が有力なようです。ハトシェプストは死んだのではなくモーゼについて行ってエジプトを去ったと言う説もあります。

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メムノンの虚像は西岸にあり、アメンホテプ3世の像だったらしいけどB.C.27にエジプトに大地震があり、かなりの破損とともに、その時にこの像に亀裂がはしったそうです。朝日を浴びると呻く様な音が聞こえることを、ギリシャのタキトゥスも証言を残しています。トロイ戦争で息子メムノンを失った曙の女神エーオースがゼウスに生き返ることを懇願したため、朝日がこの像に当たると、メムノンは生き返り母親に挨拶するのだとギリシャ人は思ったらしいです。しかしセヴェルス帝の修復工事で亀裂がなくなると、もう音はしなくなったそうです。

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ルクソール東岸にあるのはカルナック神殿ルクソール神殿。昔はこの2つはつながっていたらしけれど、今はつなげる工事が着工中です。数年後にはひとつになるのでしょう。カルナックの名で総称されてるけど、2千年かけてファラオ達がいろいろ付けたしていき、いまだに未完だそうです。後期の工事を加えた中にアレキサンダー大王もいるとの事。この神殿のあまりの壮大さに、その他の神殿を見てもふーんという感じになるので、できれば最後に見たほうがよかったかも。でもたいていはカイロからルクソールに真っ先に行くパターンが一般的です。

カルナックはもともとテーベの地元の神だったアモン神と最高神である太陽神ラーを合体させたアモン・ラー神を祭った神殿です。

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当時は天井があり、天井も石灰岩でできていたそうです。そのため天井を支えるためにこのような大きな柱が何本も必要だったらしいです。B.C.27に起きた大地震で天井はかなり破壊されてしまったそうですが、残っている部分は太陽の光からは保護されているため、色がかなり残っています。しかし当時はすべてこの色があった状態を想像するとどんなに美しかったのでしょうか。ローマ時代にローマ軍の戦士がここで住んでいたこともあり、料理のために天井が黒くなっているところも多々あります。しかもローマ人はいたるところに落書きもしていったようです。落書きと言えど、字が汚い私からするととても美しい文字の落書きです。

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下の写真の様に腕をクロスさせて、両足がそろっている像は死後の世界の象徴した像で、腕は組んでいなくて左足が前に出ているものは生命を表現した像だそうです。心臓は左側にあるからだそうです。

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古代エジプトの宗教は死後の世界が非常に大事で、そのためにミイラにして、肉体を保存し死後も同じ生活が送れるように財宝と家来の人形を一緒に埋めたそうですが、私たちの年金みたいなモンですね、老後じゃなくて死後だけど。

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いろんなファラオの中でロックスターのような性格はやはりラムセス2世でしょう。いたるところに自分の像を作り、人の像にまで自分の名前を上書きしているので、ラスセス2世だけはラスセス2世の名前が刻まれていても、信頼できないそうです。恥ずかしがりやで有名なポップの王様とは大違いですね。ちなみにファラオの顎髯はみんな付け髯だそうです。知らなかった。

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ルクソール神殿は町の中にあるので、中に入らなくても道路から見ることはできます。

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アレキサンダー大王が残した果物などの捧げ物をしているレリーフもあります。

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ルクソール神殿は土の中に埋まっていたため、その上にモスクが建てらいたりとかローマに支配されていたころにキリスト教徒により、キリストの絵が上から書かれたりと、時代を感じさせられます。

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どの神殿も一番奥は至聖所で王と神官しか入れなかったところです。聖なる場所なので、光をまったく入れないようにしてたみたいです。今では観光客は入るわ、天井がないため光にさらされているわで、時がたつとこんなものですよね。バッキンガム宮殿やら、皇居もあと千年もたつとそうなるのかな。

ルクソール神殿は街中にあるので、夜になってライトアップされて写真を撮ることができました。

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[by なべぴー]


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デラックス・エジプト7日間
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