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旅のエスプリ

CIA, KGBも興味を示した古代インカの情報システムとは? そしてプレ・インカのチャンカイ遺跡に魅せられた日本人実業家とは?

目からウロコのトラベル・コラム「旅のエスプリ」

旅のエスプリ Vol. 9

CIA, KGBも興味を示した古代インカの情報システムとは?

[左]リマ/[右]天野博物館
前回はペルーの世界遺産カラル遺跡と天野博物館を取り上げましたが、もう少し詳しく博物館をご紹介しましょう。

天野博物館(Museo   Amano)はリマの名誉市民でもあった、故天野芳太郎氏が1964年に建造した博物館で、プレ・インカ時代のチャンカイ文明の遺品の名品の数々が展示されています。この博物館のユニークなところは入場料を取らない事、そして予約制でボランティアの日本人スタッフが懇切丁寧な説明をしてくれる事です。

数万点以上に上る遺品の中で、特に素晴らしいのは織物で、現代の技術をもってしても難しい極細の糸を引いて織った「羅のスカーフ」や、肉眼でやっと見える程度の金の半球を溶接した織物など、何れも派手さを抑えた素晴らしいデザインの織物が展示されています。

しかもこれらは王侯貴族だけでなく一般庶民が日常的に使っていた事も驚きで、当時のおかみさん達が自分の好みの織物を注文していた事を示す「サンプル織り」も天野氏が71歳の時に発見されています。天野氏は、当時の人々がいかに豊かな生活をしていたかを証明できた事を非常に喜んでいたそうです。

また100AD〜600AD頃に作られた中国人、エジプト人など様々な人種の顔をした土器の数々も一目でそれとわかる特徴が現されているのみならず、身に着けた衣装も克明に描かれていて、当時実際に旧大陸との交流があった事を伺い知ることができます。
(c) Museo Amano
もう1点、文字を持たないインカ文明で、様々の情報の記録に使われたキープ(結節縄)も紹介しなくてはいけません。
ダラス美術館に展示されているキープ
キープは様々な結び目のついた紐で、その色、結び目の形、位置、太さで数字やデジタル情報を表し、その解読を行うキープカマヨック(キープ保持者)と呼ばれる役人が各地にいてその地区の統治に必要な穀物の収穫高、人口、家畜の数、武器や資源に関する全ての情報を記録したのだそうです。

そして総延長4万キロに渡る道路網を整備し、要所に設けられた宿駅にチャスキと呼ばれる飛脚を待機させ、海岸のリマ地方からアンデス山中の都クスコまで(現在の道のりで約1000km)3日でこのキープを運ばせて通信を行ったのだそうです。

ちなみに古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは馬で1日に250キロを走った伝令を「世界最速」と賛美していますが、実はインカ帝国にはそれを上回る伝達システムがあったわけです。

キープは今で言えばデータベースのソフト、キープカマヨックはプログラマー、そしてチャスキは情報ハイウェイ、光ファイバーと言ったところでしょう。そしてこのキープは冷戦時代に米ソの諜報機関であるKGBとCIAが最新のコンピューターを使って解読を試みたそうですが、成功しなかったとの話もあるほどです。

そしてプレ・インカのチャンカイ遺跡に魅せられた日本人実業家とは?

天野博物館/天野芳太郎の写真では、こんな素晴らしい博物館を創設した天野芳太郎とはどんな人だったのでしょうか?

明治31年、1898年に秋田県男鹿市に生まれ、横浜の万国橋で次々の入港する外国船を見て、いつか外国で大きな仕事をしたいと1928年(昭和3年)全財産を処分してウルグアイのモンテビデオに渡ります。

しかし、着くなりそこで父の訃報が届き帰国し、再度横浜を出航しパナマに渡り天野商会を開業します。事業は成功しパナマで一番大きいディスカウント店に成長し、チリでは農業、コスタリカではマグロ漁、エクアドルでは製薬業、ペルーでは金融業にも進出します。

しかしながら1941年(昭和16年)の第二次世界大戦勃発と同時にスパイ容疑でアメリカ官憲に逮捕され、全資産を没収されてしまいます。6か月間収容所を転々とした後、1942年の第一次捕虜交換船で日本に強制送還されてしまいます。

当時天野は写真に凝っていて数々の賞を取るほどの腕前だったらしく、パナマ運河を一望に見渡せる家から写真を撮りまくっていた事から官憲にマークされていたんですね。

帰国した天野は米軍キャンプをまわるダンシングチームのマネージャーまでやって資金を蓄え、ふたたび強行渡航を試みます。ちなみにロサンゼルスで生まれたジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川氏も捕虜交換船の乗客でした。

パスポートを剥奪された天野は、1951年横浜を密航同然で出航しますが、猛吹雪で遭難し13時間も漂流した後米国船に救助され、奇跡的に生還しカナダ経由でペルーに入りました。ペルーの在留邦人から熱烈な歓迎を受けた事は言うまでもありません。そして魚粉や魚網の会社を設立し再び大成功を収めるのです。

チャンカイ遺跡との出会いは、当時地図にも載っていなかったチャンカイという谷にドライブで入った時に、偶然にも土器やらおびたたしい量の織物を発見するのですが、その織物の素晴らしさに大変驚き、感銘したことから始まります。そして毎週末のようにチャンカイ谷に出かけて行っては膨大な遺品を収拾し1958年に天野博物館の創設に至りました。

昭和の時代を異国に精一杯生き、不屈の精神でまさに波乱万丈の人生をおくった天野芳太郎。そして誰も知らなかった異国の古代文明を発見し、異国の文化にこれほどまでに愛情を注ぎ込んだ日本人が居たという事、そしてその意思を脈々と受け継いでいる博物館が今もリマに存在するいう事、これは本当に素晴らしい事だと思います。ペルーを訪れたら是非天野博物館に足を運ばれてみてはいかがでしょうか?

【参照サイト】
天野博物館
Museo Amano Official Web
www.museoamano.com

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関 克久

関 克久

Sales & Marketing Div., GM at JTB USA Inc.,
旅行のプロデュースに携わって30年。趣味は写真。「百聞は一旅に如かず」旅に出て初めてわかるのは、実は故郷の良さなのかも知れません。旅は百薬の長がモットーです。
関 克久

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