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旅のエスプリ

神の化身に征服されたアステカのチョコレート王

目からウロコのトラベル・コラム「旅のエスプリ」

旅のエスプリ Vol. 34

神の化身に征服されたアステカのチョコレート王

世界中で愛されている嗜好品の王様、チョコレート。お菓子やケーキ、チョコレートフレーバーのアイスクリーム、シロップにホットココアと、さまざまな形で親しまれていますが、さて、その原料となるカカオの原産地はどこかご存知でしょうか?

多くの人がアフリカ、それもガーナと答えるかもしれません。確かに西アフリカにあるガーナの主要産業はカカオ豆の生産です。しかし、アフリカでカカオが栽培されるようになったのは19世紀半ば頃、カカオ豆の歴史はそれよりもはるかに古く、紀元前2000年にまで遡ると言われています。そして気になる原産地は、ここアメリカのお隣、メキシコ及び中米諸国なのです。

癒しの力が宿るカカオ豆 神々の食べ物として重宝

最初は自生するカカオに誰も興味を覚えなかったようですが、食料として用いられるきっかけとなったのは、何と山火事でした。カカオの木が多数植わっている山一帯が焼けたことで、カカオの香ばしい香りが充満し、人々はこの豆を焼いてすりつぶして食用にすることを思い付いたということです。

もちろん、現在のような洗練された形ではなく、当時は豆を取り出して、でんぷんと混ぜたどろどろした飲み物として、上流階級の人々に供されていました。当時のオルメカ人たちは、このチョコレート飲料に「癒しの力」が宿ると信じ、「テオブロマ〜神々の食べ物」として重宝したのです。

メキシコを代表する世界遺産ティオティワカン 太陽の神殿

その後、オルメカ人の子孫とも言われるマヤ人(諸説があり、子孫説以外にも交易相手だった、単なる隣国人だったという説も)にも、カカオを配合した貴重な飲み物の調合法が受け継がれました。

やがて時が経ち、1502年、ヨーロッパからコロンブスが現在のホンジュラス沖で、マヤ帝国の生き残りと出会います。そしてコロンブスの息子のフェルディナンドは、マヤ人たちが見たことのない奇妙な茶色の豆を丁重に扱うのを目撃します。

一粒でもその豆を落とそうものなら、まるで目玉でも落ちたように皆で探して拾う、と彼は記しています。これが、中米産のカカオがヨーロッパ人の目に触れた最初でした。しかし、残念なことにコロンブスはマヤ人にも、数百年後に巨大産業を形成することになるチョコレートの原料にも関心を示すことはありませんでした。

帝国の滅亡とチョコレート、ヨーロッパ上陸

コロンブスが中米沖を航海していた頃、現在のメキシコ領土にはアステカ帝国が築かれていました。首都はテスココ湖に浮かぶ小島の上に建設されたテノチティトラン。アステカ帝国はマヤ人を含む多くの部族から成る国家で、人口は推定600万とも700万とも言われています。

1502年に、その帝国の頂点に君臨していたのが「チョコレート王」の異名を持つモテクソマ・ショコヨトル、一般にはモクテスマ2世の名前で知られている独裁者でした。モクテスマの宮廷では毎晩、豪華な晩餐会が開かれていました。そして、その会の最後を飾ったのが、カカワトル、そうチョコレートの杯だったのです。彼は非常に高価だったチョコレートを毎晩楽しみ、振る舞うことで、自らの権力を誇示したのでした。

メキシコ一美しい街並みと言われる世界遺産グアナファト

さて、コロンブスには素通りされたチョコレートですが、本当の意味でのヨーロッパとの出会いは、1519年に訪れます。スペイン王カルロス1世の命を受け、多数の兵士を率いて、現在のキューバ経由でアステカ帝国入りを目指したのがエルナン・コルテスでした。モクテスマはコルテスらを「遠方からやって来る神の化身」だと信じ込み、簡単に受け入れてしまいました。

そして、コルテスは、テノチティトランの宮殿でチョコレート王のもてなしを受け、スパイスがたっぷりきいたどろどろした飲み物を初めて口にしたのです。しかも、兵士たちに飲ませると、長旅で溜まった彼らの疲労が魔法のように消えていくではありませんか。こうして、コルテスはチョコレートに驚くべきパワーを実感し、カルロス1世にカカオとチョコレートについての書簡を送ったのでした。

当時のアステカでは、カカオは万能薬としても、また貨幣としても使用されていたという記録が残っています。たとえばカカオ豆4粒でカボチャ1個、10粒でウサギ1羽、100粒あれば奴隷1人と交換できたということです。

天使の街と言われる世界遺産プエブラの街並み

コルテスはアステカを征服し、1521年、帝国は滅亡します。スペイン人たちはチョコレート王が君臨した首都の周りに広がる湖面を干拓し、やがて現在のメキシコシティがその地に築かれました。そしてコルテスがスペインに紹介したカカオ豆は、1526年にはトリニダード島で栽培が開始され、それをチョコレートにしたものがスペイン人たち、主に王族や貴族によって愛されるようになるのです。

1615年には、スペイン王フェリペ3世の娘であるアンヌがフランスのルイ13世に嫁いだ折、カカオ豆を大切にフランスに持ち込みました。これを契機にフランスでもチョコレートが重用されるようになりました。

話は再びメキシコに戻ります。世界最大級のピラミッドがあるチョルーラ遺跡の街プレブラでは、今もカカオを使った郷土料理がレストランのメニューに並んでいます。

天使の街プエブラのカカオを使った名物料理、モーレ・ポブラーノ

唐辛子、挽いたナッツ類、ごまの種、香辛料各種、塩、アボカドの葉っぱ、タマネギ、ニンニク、そしてもちろんメキシコ産のチョコレートを混ぜて作ったソースの中で、茹でた鶏肉やターキーを煮込んで仕上げる料理で、名前を「モーレ・ポブラーノ」と言います。チョコレートと肉という組み合わせには正直、最初は遠慮したくなるかもしれませんが、ほろにがさが癖になる、まさにメキシコのおふくろの味です。

余談ですが、メキシコシティの北、ユネスコの世界遺産にも登録されている古都グアナファトには、ホテル・チョコレートという名前のホテルがあります。部屋の窓からスペインの植民地時代に建設されたコロニアル様式の建物を眺めることができる人気のホテル。なぜチョコレートなのか? きっと、カカオの原産地であることを誇りに思うオーナーの気持ちが、その所以かもしれませんね。

世界遺産グアナファトの中心にあるオペラハウス

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関 克久

関 克久

Sales & Marketing Div., GM at JTB USA Inc.,
旅行のプロデュースに携わって30年。趣味は写真。「百聞は一旅に如かず」旅に出て初めてわかるのは、実は故郷の良さなのかも知れません。旅は百薬の長がモットーです。
関 克久

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