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旅のエスプリ

ガイジンの日本訪問記から読み解く、昔の日本人は?そして今との違い

目からウロコのトラベル・コラム「旅のエスプリ」

旅のエスプリ Vol. 43

ガイジンの日本訪問記から読み解く昔の日本人は?今との違いは?

先日、ヤフーニュースに「我々アメリカ人が理解できない日本人の行動」と題されるトピックが掲載されました。「どれどれ、一体、何が理解できないのだろう?」と思いながら記事を読むと、次のようなことが記載されていました。

チップを置かない、電車で人の身体を押す、床に座る、器を持ち上げる、麺類を音をたててすする、やたらとお辞儀をする、写真を撮られる時にピースサインをする…。日本が鎖国を解いて既に160年が経ちますが、いまだに欧米の人々の目に奇異に映る行動があるようです。

それでは、今よりもっと昔、鎖国中やそれ以前、江戸時代末期から明治時代にかけて日本を訪れた欧米の人々は、日本人をどのように見ていたのでしょうか?今回は、各人が残した文献から探っていきたいと思います。

米国総領事ハリスが見た日本人。清潔だが、理解できない点も?

まず、導入として、13世紀末の体験に基づき、「東方見聞録」を残したマルコ・ポーロから。彼は日本国の宮殿は純金づくめで出来ていると記述しています。しかし、彼が自分の目で確かめたことではなく、中国で捕虜となって足止めされた時に聞いた話を記したものなのです。

マルコ・ポーロ

マルコ・ポーロ

それでも彼が「黄金の国、ジパング」と紹介したことは、ヨーロッパの大航海時代の幕開けの契機となりました。それにより、偶然、欧州人がアメリカ大陸にたどり着いたわけですから、現在のアメリカの国はマルコ・ポーロが日本について「見聞」した「記録」がなければなかったと言えるかもしれません。

クリストファー・コロンブスが手書きの注釈を加えたマルコポーロの「東方見聞録」

クリストファー・コロンブスが手書きの注釈を加えたマルコポーロの「東方見聞録」

話を元に戻しましょう。実際に19世紀までに日本に渡った欧米人の訪問記録を読むと、彼らが日本人に抱いた印象にいくつかの共通項が見いだせます。その筆頭が「清潔である」という点です。

ヨーロッパの人々には頻繁に風呂に入る習慣がなく、その体臭を消すために香水の文化が発達したとも言われています。そのような彼らからすれば日本人はとにかく毎日お風呂に入り、身体を清潔に保っているように感じられたようです。初代米国駐日総領事のタウンゼント・ハリスは次のように綴っています。

「日本人は淸潔な國民である。誰でも毎日沐浴する。職人、日雇の勞働者、あらゆる男女、老若は、自分の勞働を終ってから、毎日入浴する。下田には澤山の公衆浴場がある。料金は錢六文、すなわち一セントの八分の一である! 富裕な人々は、自宅に湯殿をもっているが、勞働階級は全部、男女、老若とも同じ浴室にはいり、全裸になって身體を洗う。私は、何事にも間違いのない國民が、どうしてこのように品の惡いことをするのか、判斷に苦しんでいる」(「日本滞在記」より)

 

初代駐日アメリカ合衆国弁理公使

初代駐日アメリカ合衆国弁理公使

清潔さは賛美しつつも、全裸になって老若男女が一緒に入浴する習慣については、理解できないと記しています。次に多くが挙げているのが礼節さです。1877年に日本を訪れたアメリカ人のE・S・モースの印象をご紹介しましょう。

「巡査がいないのにも係らず、見物人は完全に静かで秩序的である。上機嫌で丁寧である。悪臭や、ムッとするような香が全然しない。演技が終って見物人が続々と出てきたのを見ると、押し合いへし合いするものもなければ、高声で喋舌る者もなく、またウイスキーを売る店に押しよせる者もない(こんな店が無いからである)。只多くの人々がこの場所を取りまく小さな小屋に歩み寄って、静かにお茶を飲むか、酒の小盃をあげるかに止った」(「日本その日その日」より)

これを読んだ時、東日本大震災の時に、炊き出しの列に順序よく並ぶ日本人の秩序正しさを賞賛した外国メディアが多かったことが思い出されました。

言葉と胸中が別?子供をかわいがる

時代をさかのぼって、16世紀に日本を訪れたイタリアの宣教師のヴァリニャーノは日本人の美徳を「優雅で礼儀正しい」としながらも、困惑する点については次のように紹介しています。

「その心の中を知るのに、はなはだ困難を感じるほど陰険となる。そして外部に表われた言葉では、胸中で考え企てていることを絶対に知ることはできない」(「日本巡察記」より)

これは、現在も良く言われるように本音と建前が違うということなのかもしれません。

イタリアの宣教師、ヴァリニャーノ

イタリアの宣教師、ヴァリニャーノ

そして多くの人が日本人の教育の能力をほめ称えています。

「日本人は自分の子弟を立派に教育する能力を持つている。ごく幼い頃から読み書き、法制、国史、地理などを教へ、大きくなると武術を教へる。しかし一等大切な点は、日本人が幼年時代から子弟に忍耐、質素、礼儀を極めて巧みに教へこむことである」(1811年に松前に幽閉されたロシア軍人、ゴロヴニンの「日本幽囚記」より)

また世界各地を旅したイギリスの女性探検家で数多くの旅行記を残したイサベラ・バードは、「これほど自分の子供達をかわいがる人々を見た事はありません。だっこやおんぶをしたり、手をつないで歩いたり、ゲームをやっているのを眺めたり、いっしょにやったり、しょっちゅうおもちゃを与えたり、遠足やお祭りに連れていったり、子供がいなくては気がすまず、また他人の子供に対してもそれ相応にかわいがり世話を焼きます。」と「日本紀行」の中に記しています。

イギリスの探検家、イサベラ・バード

イギリスの探検家、イサベラ・バード

さらに、日本人の特質である器用さについては次のような記述が見られます。

「日本人は、どういう点で外国製品がすぐれているか、どうすれば自分たちもりっぱな品をつくり出すことができるか、ということを見いだすのに熱心であるし、また素早い」(イギリスの初代駐日大使、オールコック「大君の都」より)

「金で模様を施した素晴らしい、まるでガラスのように光り輝く漆器や蒔絵の盆や壷等を商っている店はずいぶんたくさん目にした。模様の美しさといい、精緻な作風といい、セーブル焼き〔フランスの代表的な陶器〕に勝るとも劣らぬ陶器を売る店もあった」(トロイの遺跡を発見し、19世紀後半に日本を訪れたシェリーマンの「シェリーマン旅行記 清国・日本」より)

このように欧米人から見た昔の日本人は、清潔、礼節を重んじ、子供をかわいがり、そして器用であったようです。今もその本質は全く変わっていないのではないでしょうか? さて、東京オリンピックで日本を訪れる外国人観光客は、2020年の日本人にどのような印象を抱くでしょうか?

【参照サイト】
ハリス『日本滞在期』

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関 克久

関 克久

Sales & Marketing Div., GM at JTB USA Inc.,
旅行のプロデュースに携わって30年。趣味は写真。「百聞は一旅に如かず」旅に出て初めてわかるのは、実は故郷の良さなのかも知れません。旅は百薬の長がモットーです。
関 克久

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