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旅のエスプリ

孫の身代金を値切った石油王とは? ギネスブック認定「世界で最も裕福な個人」 J・ポール・ゲッティ

目からウロコのトラベル・コラム「旅のエスプリ」

旅のエスプリ Vol. 29

孫の身代金を値切った石油王のコレクションとは?

共にロサンゼルスにある美術館、ゲッティ・ヴィラとゲッティ・センター。ヴィラはパシフィックパリセーズの丘の上にあり、古代ギリシャ、古代ローマ時代の美術品を鑑賞することができます。一方のセンターはブレントウッドの高台にあり、ロサンゼルス平原を一望のもとに見渡せる白亜の建物で、こちらもまた素晴らしい環境に位置しています。

共に美術品コレクターだった石油王、J・ポール・ゲッティの遺品を収蔵している美術館ですが、果たしてゲッティとはどのような人物だったのでしょうか?

ギネスブック認定「世界で最も裕福な個人」

石油ビジネスで財産を築き上げた資産家と一口に言っても、彼の所有する財産は桁外れでした。1892年生まれのゲッティは、1957年にフォーチュン誌に「最も裕福なアメリカ人」として取り上げられ、さらに1966年にはあのギネスブックに「世界一裕福な個人」に認定されました。ちなみに当時の彼の個人資産は、2013年の価値にして83億ドルに相当します。

ゲッティ・センター

いかにして彼はそのような莫大な資産を所有するに至ったのでしょう。ミネソタ州ミネアポリスに生を受けた時点で、彼の父ジョージは石油の採掘事業を手がけていました。南カリフォルニア大学、UCバークレーに通っていた学生時代、夏休みになると彼はオクラホマにある父の油田で働きながら、石油のビジネスを体で習得しました。

最終的にはイギリスのオックスフォード大学を卒業し、父から離れて自身の石油会社を設立、次々に競合の企業を買収して会社を巨大化させていきました。最終的には2百近い事業体から収入を得るまでになりました。

ゲッティ・センターから観るロサンゼルス・ダウンタウン

1949年にはサウジアラビアとクエートの国境近くに広大な土地を購入し、石油採掘を続けた結果、1953年、採掘に成功、年間1600万バレルもの原油を獲得するに至りました。彼は中近東でのビジネスを有利に進めるため、アラビア語をマスターし、自由に操っていたということです。

ゲッティ・センター

豪邸に客専用の「公衆電話」、息子の葬式にも欠席

事業家としては文句ない大成功を収めたゲッティですが、私生活においては、1976年に83歳で亡くなるまでに実に5回の結婚と離婚を繰り返しました。うち4人の妻との間に5人の息子が生まれています。5番目の妻ルイーズは、2013年に出版した回想録の中で、いかに夫ゲッティが冷たい父親であったかを次のように記しました。

「脳腫瘍を発症し盲目になった幼い息子のために、私が糸目をつけずに治療費を注ぎ込むことを彼は快く思わず、私を罵倒し続けた。治療の最中であったのに、共に暮らしていたイギリスの屋敷から私と息子を、アメリカに追いやった。そして彼は、12歳で亡くなった息子ティミーの葬儀にさえ出席しなかった」

マリブの高台にあるゲッティ・ヴィラ

ゲッティは1950年代に購入した16世紀のチューダー様式の豪邸に、亡くなるまで暮らしました。このサットンプレイスと呼ばれる屋敷には、彼の取引先である客たちが世界中から集まって来ました。しかし、ここにもゲッティの吝嗇さを表す勇名なエピソードがあります。「サットンプレイスの公衆電話」です。

つまり、ゲストが世界中への遠距離電話を自由にかけることを好まなかった彼は、屋敷内の電話すべてにダイヤルロックをかけ、公衆電話を使うように勧めたというのです。当時既に世界で最も裕福な個人だった石油王に対して、あるインタビュワーが公衆電話の件を質問すると、ゲッティは「客人たちが公衆電話を使用したいと言っているのだ」と平然と答えたそうです。

ベスビオス火山の噴火で埋没したヘルクラネウムのローマ式邸宅、パピルス荘ヴィラ・デイ・パピリ)をモデルに建造されたゲッティ・ビラ

さらに彼の冷たさと吝嗇ぶりを象徴し、今に至るまで語り継がれているのが、孫のJ・ポール・ゲッティ3世の身代金を値切った逸話です。

1973年、まだティーンネイジャーだった3世は当時生活していたローマで誘拐されます。犯人一味は3世の父親であるゲッティ・ジュニアに1700万ドルの身代金を要求しました。すぐにジュニアは父の石油王にそのお金を出してほしいと依頼しますが、彼の返事は「ノー」。「他に14人も孫がいる。彼らが誘拐されるたびに言われるがままに身代金を払っていては身がもたない」というのが世界の大富豪の返答でした。

夕陽に映えるゲッティ・ビラ

すると犯人たちは切り取った3世の耳を封筒に入れて送って来ました。要求額は3百万ドルに下がりました。しかし、祖父のゲッティ・シニアは3百万ドルに値切った挙げ句、220万ドル以上は出さないと明言しました。その金額が、税金が控除される最高額だったからです。

結局、ジュニアに差額の80万ドルを貸付け、さらに利子を取ることで犯人の要求を飲むことに同意しました。その後、解放された3世は生涯、誘拐のトラウマに悩み苦しみ、ドラッグに溺れて54歳の若さで亡くなりました。

ゲッティ・ヴィラを建造するきっかけとなったヘラクレスの神殿

その3世の息子がハリウッドで活躍する人気俳優のバルサザール・ゲッティです。妻との間に4人の子どもを儲けたバルサザールは、ロサンゼルス市内で子どもたちと一緒に散歩する姿をよくパパラッツィされています。彼が噛み締めている「家族との幸せな時間」を、彼の曾祖父のゲッティ・シニアが一瞬でも過ごしたことはあったのでしょうか。

ゲッティ・シニアは家族に愛情を向ける代わりに、事業と美術品収集に情熱を傾けました。そして、その美術品を見ることができる場所が、ゲッティ・ヴィラとゲッティ・センターなのです。家族に冷たく接したゲッティが残した美術品を楽しむため、多くの家族連れが訪れて充実した日を過ごしていることが、ある意味皮肉にも感じられます。

【関連サイト】
The Getty(公式サイト)
http://www.getty.edu/

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【関連ツアー】
ポール・ゲッティ美術館のゲッティセンターとサンタモニカ散策 ~日本語ガイド付
貸切専用車チャーターで行く 美術館「ザ・ゲッティ・ヴィラ」の往復送迎
貸切専用車チャーターで行く芸術とディナー「ザ・ゲッティ・センター」送迎

関 克久

関 克久

Sales & Marketing Div., GM at JTB USA Inc.,
旅行のプロデュースに携わって30年。趣味は写真。「百聞は一旅に如かず」旅に出て初めてわかるのは、実は故郷の良さなのかも知れません。旅は百薬の長がモットーです。
関 克久

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