アメリカとイギリスに上陸した日本人第一号とは？万次郎の先を行っていた国際人

アメリカに上陸した日本人第一号と聞かれると、ジョン万次郎と答える方が多いかもしれません。しかし、万次郎がアメリカの土を踏んだ1841年よりも前に 上陸していた日本人がいるのです。その人の名前は音吉。現在の愛知県美浜町に生まれた音吉は、水夫として知多、小野裏の千石船「宝順丸」で鳥羽から江戸に向けて14人の乗組員と共に出航、しかし遠州灘で時化に会い梶が折れ14か月も太平洋上を漂流した末にアメリカのワシントン州のマカ族のインディアン居住区、オリンピック半島のフラッタリー岬付近に漂着しました。1834年１月のことでした。漂着したのは三吉（音吉、岩吉、久吉）のみが生存者でした。

しばらくインディアン居住区で岩吉、久吉と共に生活していた音吉ですが、イギリスのハドソン湾会社に発見され引き取られます。日本へ送り届けるとの約束を 取り付けますが、ハドソン湾会社の船は太平洋経由ではなく南米回りで、まずはイギリスに向かいました。そして、3人はイギリスに１日だけ上陸を許されます。というわけで、音吉をはじめとする３人の水夫こそが、アメリカに続いてイギリスにも歴史上初めて上陸した日本人というわけです。

1835年、日本への帰国の途上で滞在していたフィリピンのマカオで、彼らはドイツ人宣教師ギュツラフに聖書の日本語訳を依頼されます。音吉は語学の才能を発揮し、世界最初の和訳聖書である「ヨハネ福音書」の完成に貢献しました。その和訳聖書は『約翰（ヨハネ）福音之伝』と名付けられ、ところどころに音吉の故郷、尾張地方の方言がみられるそうです。１年以上をかけて聖書の日本語訳に取り組んだ後、1837年、アメリカの船で3人は日本への帰国をめざします。しかし、当時はまだ鎖国の最中でした。音吉らが乗船していた船に対して、日本は容赦なく大砲で攻撃を仕掛け（モリソン号事件）、彼らの帰国の夢は閉ざされてしまうのです。

その後の音吉の人生はまさに「国際派としてのパイオニア」とも言えるドラマチックなものでした。彼はイギリスの船会社で働いた後、1843年に中国の上海 にあるイギリスの貿易会社で働き始めます。そして上海で生活していた1861年までに、日本との通商を希望していたイギリス政府の通訳として２度日本に上陸しています。この頃、帰国を勧められたようですが、上海でイギリス人女性と結婚していた音吉はその誘いを断ったと言われています。1862年にはシンガポールに移住し、貿易会社の経営に乗り出します。しかし、1867年、病気のため50歳で亡くなってしまいます。音吉はアメリカとイギリスに初めて上陸した日本人というだけでなく、上海に初めて住んだ日本人，シンガポールに初めて住んだ日本人でもあります。

その音吉とオレゴンの地ですれ違っていたのが、ラナルド・マクドナルドです。スコットランド人の父親とアメリカンインディアン（チヌーク族族長の娘）の母 親との間に生まれたマクドナルドは、母親から祖先は日本人だという話を聞いていたからか、日本に憧れ、1848年に捕鯨船の乗組員として日本への上陸を図 ります。船長は鎖国中の日本に上陸すれば死刑になるとマクドナルドを説得しましたが、彼は下船ボートに単身乗り込み、野塚の浜辺に人（アイヌ）が居る事を 確認した上で「遭難を偽装」し漂着するという手段をとります。マクドナルドは「人間は皆同じ」との信条の下に情に訴える作戦を立て、事前に遭難の練習まで行うという周到な準備と計画があって成功したのでした。そして、北海道の利尻島に上陸し、密入国の疑いで拘留された後に、最終的に長崎の寺に収監されます。

長崎でマクドナルドに英語を学び、後に徳川幕府の主席通訳を務めたのが、森山栄之助です。彼は代々、オランダ語の通詞（江戸時代の公式な通訳）を務めていた長崎の家に生まれました。マクドナルドが収監先の長崎でアメリカに強制送還されるまでの半年の間に、森山を含む14名の通詞に英語を教えたことで、森山はオランダ語だけでなく英語も習得し、その後のペリー来航の際にも徳川幕府の主席通訳として活躍することになります。

長崎市にあるマクドナルド顕彰之碑

さて、話をマクドナルドに戻しましょう。それまでの日本での英語の習得法は、すべてオランダ語からの翻訳による間接的なものでしたが、マクドナルドが英語で直接教えたことは、ネイティブの教師からの初めての英語教育となりました。

音吉自身も流暢な英語で通訳として活躍したことが知られていますが、その音吉とアメリカですれ違っていたマクドナルドが、決死の覚悟で日本に密入国したことが、日本での英語教育を大きく変えたのは言うまでもありません。音吉とマクドナルドの、歴史に影響を与えた不思議な縁を感じますね。ちなみにマクドナルド生誕の地、オレゴン州アストリアには「マクドナルド友の会」という組織が存在し、2013年5月には同地で創立25周年記念祝賀昼食会が盛大に開催されたということです。

[geo_mashup_map]

【参照サイト】
「マクドナルド友の会」
“Friends of MacDonald”
http://friendsofmacdonald.com