旅のエスプリ Vol.46
ニューヨークタイムズが選んだ日本の秘境とは
ナショナルジオグラフィックのカメラマンが魅せられた絶景
2015年に行っておくべき世界の52選というニューヨークタイムズの記事がありました。トップに輝いたのはミラノ、2番がキューバ、3番はアメリカで初めて世界遺産都市となったフィラデルフィア、4番はイエローストーン、5番はチリのエルキ渓谷といった順番でした。 そして日本で唯一35番目に選ばれたのは、京都でも金沢でもなく、なんと四国で、四国霊場八十八箇所や、日本三古湯としても知られる道後温泉などが紹介されていました。 今、実は四国が欧米の旅慣れた旅行者の間で人気が高まっているのです。 この間、四国に行って来たというナショナルジオグラフィックのカメラマンに「なぜ四国なのですか?」と聞いたところ、「四国には最も日本らしい原風景があるんだ」「粗谷とかね」と、、。 欧米人が描く日本の原風景とはいったいどんな風景なのでしょう。三好市にある粗谷渓谷は、かずら橋や平家の落人が住み着いた事などで知られていますが、一体何が世界中の絶景を知り尽くしたカメラマンを惹きつけるのでしょうか?
さて先日、粗谷のある徳島県の副知事を団長としてアメリカ人観光客誘致のために三好市の観光局、旅館の方々がお見えになり領事公邸でレセプションを開催しました。阿波踊りのパフォーマンスあり、徳島特産品の試食ありで徳島の魅力を存分にPRされ大成功でした。著述家のアレックスカーさんも同行されて、彼自身が粗谷に再生した茅葺屋根の古民家を紹介されていました。アレックスさんは弁護士の父親と12才の時に来日し、日本中を旅行し19才の時に初めて粗谷を訪れます。そして日本のチベットとも呼ばれる深い谷のある秘境に魅せられてしまったのだそうです。そして近隣の高知県の山々、剣山の東側を散策し数百軒の民家を訪れた後、東祖谷の釣井集落の茅葺屋根で、床に囲炉裏が二つあるる築300年の古民家を購入してしまいます。
遠くから萱を運んで屋根を葺替え、床暖房を入れ、キッチンに最先端の機器を入れ、トイレを水洗にし、朽ち果てつつあった古民家を見事に再生したのです。でも黒光りする床板は元に戻し、囲炉裏の煙に燻された太い桁と梁など全て300年前の面影を残したままに。そして篪庵(ちいおり)と名付けられた古民家は、口伝えで知られるようになり欧米からも宿泊客が訪れるようになります。ちなみに篪とは古来からある日本の竹の笛ですが、フルート奏者でもあったアレックスさんが考え抜いて付けた名前なのだそうです。篪庵は、釣井で重要文化財に指定されている木村家と同じ元禄時代に造られたのですが、現代人が何不自由なく過ごせるわけですから、欧米人に人気なのも頷けますね。アレックスさんは篪庵の他にも天一方、談山、雲外など5件ものの趣向を凝らした古民家を再生されています。
なんにも無い観光地に欧米の観光客?
「何も無いがある」というコンセプト
アレックスさんに「篪庵、粗谷」の魅力は何ですか?と聞きました。ちょっと考えてから「なんにも無いがある!かな?」 「何も無いがある?」我々は旅をお客様にお薦めするのに「ここは何も無いんです・・」と言ったたら間違いなく「ふざけるな!」と怒られてしまいますよね。でもこのアレックスさんの言葉はまるで禅問答のようですが、深い意味を感じざるを得ません。今は日本中どこ行ってもお土産店が軒を連ね、夜中でもドリンクを売る自動販売機がありコンビニがある、そしてどんな方向音痴でも絶対に迷わない親切心溢れた看板のオンパレード。ごくごくありふれた普通の日本の景観ですが、欧米人の目には一体どう映るのでしょうか?
グランドキャニオンに行って絶景の渓谷横に自動販売機やコンビニや「危険ですから身をのり出さないで下さい」なんて看板があったら興ざめですね。壮大な渓谷から吹き上がる圧倒的な質量の風、夕陽に映える20億年分の地層がの色彩、そして真っ暗な大地と地平線のかなたで繋がってしまったような満点の星空、これだけで感動するに必要にして十分です。粗谷の篪庵も同じで、真っ暗闇の夜、完璧な静寂さ、日の出前に広がる雲海、そして日の出と共に全ての生き物が活動を始める時に出す匂い、これだけでここに来た意味は十分、コンビニも自動販売機もお土産屋もここでは無用の長物なのです。
世界の旅慣れた旅行者を惹きつける
日本の昔ながらの原風景
もうお解かりのように、世界中の絶景を知っているナショナルジオグラフィックのカメラマンを惹きつけたのは日本の原風景、昔ながらの美しい日本のそのままの面影であって、決して看板や自動販売機の便利さの押し売りが損ねてしまっている景観では無いのです。地域創生の掛け声の元、町おこしとばかり現代アートや奇抜な美術館などが良く造られていますが、欧米のお客様のカメラに収められる事はあまり無いでしょう。
アレックスさんは「日本には景観テクノリジー」が未熟だと言います。京都に旅したアメリカの青年が朝起きて空を見上げたところ、空中に電線が氾濫した風景を見て「ここはインドか?」といったエピソードが紹介されています。私も里帰りの度に田舎の昔ながらの田園諷詠や、街並みの写真を何百枚も撮りますが、無造作に置かれた青いビニールシート、どぎつい色の看板、電線が折角の素晴らし景観を台無しにしてしまっています。欧米ではゾーニング規制で景観を保護していますが、観光立国を目指す日本、そろそろ外国人からどう見られているのか?を真剣に考えてみないといけませんね。
300年前にタイムスリップしたしまったような粗谷の古民家篪庵で「なんにも無いがある」その「ある何か」を見つけてみてはいかがでしょうか?
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